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あの日の午後、忘れない

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Hawks

今年でホークスの王監督が退任する。
こんなに長い間ホークスにとどまるとは正直思っていなかったし、巨人の顔だった人がホークスで一時代を築き最も重要な人物になるとは思ってもいなかった。

俺は昔からのホークスファンだ。
きっかけは本当に至極単純である。子供の頃好きな色は「緑色」、好きな番号はなぜか「2」。
当時緑色のユニフォームは大洋と南海。
大洋はオレンジが混ざっており、電車の色みたいで好きになれなかった。そして南海はその年阪急に次ぐ2位。選ぶまでも無かった。

しかし、何故か当時の少年誰もがかぶった野球帽で最初に買ってもらったっというか、親が買ってきたのは「ロッテ・オリオンズ」。
意味が分からなかったが、しばらく我慢してその帽子をかぶっていた。
念願の南海ホークスの野球帽を手に入れたのは、変な2色の巨人軍帽子のあと3代目だった。
南海ホークス帽子をかぶった道産子の子供はほぼ皆無だったと思う。

好きになったからには選手を覚えたい(緑だったから好きなので、誰がいるかまったく知らなかった)と思うのは常であったが、関西ではなく、札幌在住の子供には試合など見るすべはない。手に入る情報はプロ野球ニュースか野球カード、野球大図鑑ぐらいのものであった。
しかも運が悪いことにファンになった途端、主力の野村と江夏と柏原が抜け、十数年もの長きに渡り最下位付近に低迷することになる。その後も新井や片平などいい選手ばかりが出て行って、変な選手ばかり加入していた。
最下位のお荷物球団では門田が本塁打王を獲ったり、カズ山本が唯一オールスターに出場したぐらいの事だけが誇らしかった。

低迷期に追い風が吹き始めたのはやはりダイエーになった頃。
茶色い変なユニフォームは大嫌いだったが、この頃よりアップショーやバナザードや佐々木の勇姿がTV画面でも少しづつ見られるようになった。
ドラフトでのいい選手獲得や生卵事件や大トレード、門田の転勤などを経て、1999年やっと開花する。
このノストラダムス予言年はゲン担ぎを行った、日刊スポーツを買うと勝つので、あまり欲しくなくてもほぼ毎日買った。
テレビ東京で放送された優勝決定試合はクギ付けで見守った、日本シリーズも勝った。
その後、常勝になり始め、井口・小久保・城島が抜け、サッカーに興味を持ち始めた頃ほとんど見なくなった(気にしなくなった)。

でも「ホークス」の名がなくならない限りは1ファンのままだろう、バルサと同じく好きなチームを代えることは絶対にない。

王監督の勇退と久しぶりのBクラスは大転換期を迎えているということなのだろう。
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by ys01903 | 2008-09-27 00:24 | Comments(2)
Commented by otokomae at 2008-10-17 17:30 x
私はどこのファンでもないですが、祖父が巨人ファンだったので子供のころは巨人戦ばかりでした。後楽園見に行ったお土産ももちろん巨人の帽子とTシャツ。別にファンではなかったのに無理やり着せられていた感がありましたね。
Commented by ys01903 at 2008-10-18 22:22
おれも最初に見た試合は確かヤクルトとどこかの試合だった。
結局ホークスは今までオープン戦と消化試合の2試合しか見ていない。